成立の経緯

日本国憲法が制定されるまでには、かなりの紆余曲折がありました。
1945年10月、GHQが憲法を改正するようにと日本に対して求めてきました。
これを受けて、日本政府は明治憲法の調査研究を始め、1946年2月8日に、日本が提示した最初の憲法草案ができたのです。
実は、それに先立って、2月1日に、某新聞にこの草案が出てしまったのです。
マッカーサーは、これを見て、内容が現状維持と変わらないと判断し、GHQ民政局長のコートニー・ホイットニーに、GHQとしての草案を作るように指示しました。
2月13日に日本側草案が手渡されるや、マッカーサーは、即、その草案を拒否しました。
そして、ホイットニーの作ったGHQ草案を検討するようにとの指示を出したのです。
やむをえず、日本政府は、このGHQ草案に従う形で、再度、内容を検討し、3月2日に最終案として再提出しました。
マッカーサーが日本の憲法の制定を急いだのには理由があります。
それは共産主義のソ連が介入してくる前に、GHQの主導権でもって憲法を作っておきたいとの意図があったからと言われております。
なお、マッカーサーがホイットニーに指示した内容は、天皇は国家元首である、戦争の放棄、封建制度の廃止の3つでありました。
これが日本国憲法成立の経緯です。